「デザインの力で、行政を変える!!~天王寺区広報デザイナーを募集します~」を見て思ったこと。デザイナーを舐めるな

nashi

これは酷い。
デザインの力で、行政を変える!!~天王寺区広報デザイナーを募集します~
簡単に言うと
「大阪天王寺区をいろいろな面でもっと良くしたいよ」「その一貫としてポスター、チラシ、ホームページを作るよ」「作るからには訴求力のある良いデザインにしたいよ」「デザインしたい人来てー!」「でも報酬金はなしよ!」「その代わり、作ってくれたものには名前を載せるよ!」

といった感じです。

デザインの力で行政を変える前に、その考え方を変えて欲しい。

この企画を考えた人は、「デザインには行政を変える力がある!」と認識しているはずです。
そして、この募集をかけるということは、「納得の行くデザインは自分達ではできない」とも認識しているはずです。
「自分たちではできない」理由は、技術が無いかそこに割く時間がないかのどちらかでしょう。

できないことを人に依頼する。これは当然の流れです。
しかし、それに対しての報酬は「なし」なんて、あまりにも酷い。

お金は出さないけど、名前は載せます。

5.報酬
なし
ただし、天王寺区役所として以下の内容について実施します。
・「天王寺区広報デザイナー」について、区ホームページ・広報紙等で紹介します。
・広報デザイナーが作成したポスター等にはデザイナー作であることを明記します。
・ホームページで事業の周知を行う際に、ポスター等がデザイナー作であることについても同時に周知を行います。

引用:デザインの力で、行政を変える!!~天王寺区広報デザイナーを募集します~より

区役所としては、名前を載せることが報酬なのでしょう。
いろんな人がいるので「名前が載るだけで充分」と思う人もいるかもしれません。
特に学生さんや、これからデザイナーを目指す人にとっては知名度を上げるチャンスかもしれません。

もし、この条件で、素晴らしいデザインのポスターやウェブサイトを作成する方が現れたとします。
名前も載せてもらったので、知名度も上がりました。作ったものも高評価でした。
これを切っ掛けにデザインの仕事依頼がたくさん来たとします。
その時、きっとこう言われるでしょう。

「あれ、タダでやったんだからうちのもタダでやってよ。」

いいデザインを作るには、時間と労力が必要不可欠です。

これは持論ですが、デザインはアートではありません。私はそう思います。
デザインの先には期待する効果が絶対にあります。伝えたいメッセージがあります。
暮らしが豊になる。新たな発見がある。意識を変える。期待する効果は様々です。
この効果は偶然でも奇跡でもありません。理論があります。

よりよい未来を想像させることができてこそ訴求力が生まれます。
想像させるにはどうすればいいか。
良いものと感じてもらうためにはどうすればいいか。
どんなビジュアルにすれば効果がでるか。
どんな言葉を使えば伝わるか。
どの媒体を使うのが効果的か。


ターゲットを熟知し、そこに一番響くコンテンツ、媒体、タイミングを考えます。
それがデザイナーの役目です。
これを実行するためにデザイナーは人生で得た経験、知識、知恵、技術、全てを絞りだし、ひとつのデザインに集約させるのです。
報酬なしということは、「人生で得た経験、知識、知恵、技術、」全てに対してお金を払う価値なしということです。

「パソコン使えばちゃちゃっとできちゃうでしょ?」
違います。
ちゃちゃっと出来るようになるために今まで人生を費やしてきたのです。
そこに価値はないのでしょうか?

この企画に応募があったとして、それを選考するとして、その業務をした職員はきっと給料がでるのでしょうね。
そこにはお金を払う価値があるんでしょうね。


と…、未熟者が偉そうなこと書いてますが、要は「報酬なしはなしでしょ」という独り言です。
 


追記:
募集要項が変更されたようです。

美術学校またはデザイン専門学校等、またはデザインについての知識を学んでいる学生等
※デザインを学ばれた経験をお持ちのアマチュアの方でも構いません。

あくまでもボランティアなんですね…。
いいものが出来るといいですね


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